叱ることの大切さ。

2023.11.20

叱ることの大切さ。

水子供養へお越しの若いご夫婦、そして、幼稚園の年少さん位でしょうか、男のお子さんとご一緒にお越し下さいました。ご主人も奥さんもおしゃれで、それこそ今風のご夫婦。

しかし、今風でもお二人ともきちんとしたご挨拶を頂き、更には、履物もきちんと脱がれ、お子さんの靴も落ち度なく揃えて脱がれました。

中々なと思い応接間にお通り頂き、お供養の説明を致し、ご自身方の地蔵尊を伴い、本堂へ移動頂きました。

お供養の地蔵尊を本尊様の手前にお祀り致し、何時ものようにお勤めを致そうと致しますと、広い空間に反応なされたのか、お子さんがじっと致しておりません。

年齢を考えますと、それも又、致し方ないかなと思い、「お子さんはじっとしていなくても大丈夫ですが、危険の無いようにお願い致しますと」伝えました。

ご両親は解りましたとお返事なさり、数珠を手になさり、穏やかに合掌なされています。

それでも、子供さんは動き回っています。

お亡くなりの赤ちゃんへのお勤めを始めようとしたその時、お母さんが「だめ、静かにしなさい」というのと同時に、男の子の右腕を「ぐっと」掴みました。

どうでしょう、男の子は動きをピタッとやめて、お父さんの脇に静かに座るではありませんか。

驚きました、今風のお若いご夫婦ですのに、きちんとお子さんを普段から叱るべき時には「叱って」らっしゃることが伝わって参りました。

お亡くなりの赤ちゃんへの焼香の時にもご一緒に焼香へ進み、お父さんと共にきちんと手を合わせておりました。

普段の家族の生活の中での様子が伝わって参りました。

ご自身方の生活のスタイルは私たちのような年配の者とは当然に違うことは当たり前ですが、「これはダメだよ」ということをキチンと押さえ、「叱る時は叱る」ということを実行なされているお二人を拝見致し、お亡くなり赤ちゃんへの供養が意味を持ち、元気に育っている男の子へその想いが伝わっていることを思いました時に、叱ることの大切さを感じますと共に、元気に育っているお子さんへの功徳が廻っている実感を感じました。

老夫婦の美味しい食堂に出会えました。

本日は京都の亀岡市に法要で出かけ、更に、大阪の茨木市に法要がありましたので、高速道路では無く、一般の道を通り向かいました。

車のナビで案内を求めますと、距離はありますが意外と時間の設定は少ないのに少し驚きました。

随分と昔にこの道は通った記憶が有りますが、久しぶりです。

大阪へ向かう道とは思えぬ山間の道を、信号機も無いのでゆったりと走りました。

次の法要のお宅へ伺う時間を考えますと、思いのほか余裕がありますので、どうしたものかと思案致していますと、本当に此処にという所に食堂を見つけました。

丁度お昼時、次の法要のお宅までは十分に時間が有りますので、此処でお昼ご飯と思い車を止めました。

車を降り、食堂の扉を開けますと、お昼時ではありますがお客さんは一人もおられません。

お迎え下さったお店のお方は相当に年配の奥さんです。

失礼ですが、お店は決して綺麗ではありません。

それでも、奥さんの丁寧な対応を思えば、このまま失礼は出来ません。

昼のランチをお願い致しました。

出来上がったランチを頂いて驚きました、美味しいのは勿論ですが、食べ終わったあとの「コーヒー」が又、別格に美味しいのです。

お越しになる、懇意のお方が主なお客様であることを想像致しますが、破格の値段でこの料理を提供なされているご夫婦に縁が出来たことがとても嬉しかったです。

丁寧ですが、決して愛想の良く無い奥さんが店を出ます時に「気を付けて行ってください」と申されました。

たまたまに出来た食事のご縁が嬉しくてなりませんでした。合掌