京都は三度の雪となりました。

2023.02.21

京都は三度の雪となりました。

1月24日の大雪には本当に参りました。京都は車はもとより、公共の交通機関も大混乱致し、多くの皆さんが苦労なされました。

私は車の方は冬の用意を致しておりますので、大丈夫でしたが、過日ご報告いたしましたように本堂の廊下、板戸に雪が積もり、雪払いに追われました。

何とか無事に過ごすことが出来ましたが、つい先日も少し雪が降り、京都の皆さんは戦々恐々と致していましたが、これも何とかやり過ごすことが出来、暫くは穏やかな比較的暖かい日々が続きほっと致していましたが、21日の今朝は京都は朝から雪が降り続いています、庭のお地蔵さんの頭も瞬く間に「雪の綿帽子姿」となりました。

そして、気温もぐんぐんと下がってきました。

今朝は朝一番から大阪のご夫婦のお方様方の水子供養をお約束致していましたので、慌てて、本堂へ行き暖房をつけました。

本堂へ入りますと、昨日迄とうって変わり、足が痛く感じる冷たさが身体を覆って行きます。

毎年口に出していることですが、春の気配を感じ、少し暖かくなりましても、最終にはお彼岸が終わりませんと本物の暖かさはやって来ません。

今年も同じ流れのように思います、昔の方々がおっしゃられた「暑さ寒さも彼岸迄」との言葉が身に沁みます。

この雪が大雪になりませんことを願うばかりです。

お堂の清浄さをお褒め頂きました。

蓮華堂、絆縁堂、地蔵堂共に、先日に女性スタッフのお二人が綺麗にお掃除下さいました。

お堂に入りますと、清々しい気持ちになります。

お約束致していました水子供養を本堂でお勤め致し、蓮華堂へ参りますと、先にお参りのご夫婦がおられましたので、本尊さんの前でお勤め致しますが良いですかとお尋ねいたしますと、「お参りは終わりましたので、どうぞ」とのお言葉を頂きました。

御礼を申し上げ、「お気をつけてお帰り下さい」と申しあげますと、「有り難う御座います、何時も赤ちゃんの部屋(お堂)を綺麗にして下さり有難う御座います」とのご丁寧なお言葉を重ねて頂きました。

守り甲斐を感じる、張り合いのお言葉です。

我慢という言葉。

最近、新聞等の報道を注視致してますと、随分と乱暴な事件、衝動的な事件を目にする機会が増えたように感じます。

しかも、年齢に関係なく、社会経験の深さと、重みをお持ちのはずの年配の方の事件も増えているような気が致します。

昔からよく言われる言葉「人は一人で生きているのではなく、様々な多くの皆さんの助け、支えで生きている、自分の我を言うだけではなく、我慢致すは致し、暮らさねばならない」という言葉。

私も含め、もう一度この言葉を反芻(はんすう)致し、自分の有り様を見直さねばと最近の事件を通じて感じる事でした。

このブログを書いている間に、雪が収まってきました、しかし、寒さはまだまだ続きます、油断せぬように、どなた様もお過ごし下さい。合掌