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【住職 徒然記】今日の禅語。

2020.11.08

行雲流水(こううんりゅうすい)

霊源院の宗派は所謂、禅宗。

その中の臨済宗という宗派になります。

禅宗の中には他に黄檗宗、曹洞宗があります。

但し、禅宗という言い方は正確にはありませんが、便宜上よく使われています。

さて、私も霊源院の住職を拝命致し既に随分となりますが本当に入り口程度ですが若い時に修行道場にてお世話になり、今日があると思っております。

 

では、お寺の住職はどうやってなるのでしょう。

私は子供、男の子が二人おり共にそこそこの年になっております。

世間の皆さんはお寺に生まれた子供はお店屋さんのお子さんが高い比率にてそのお店の後を引き継がれるのと同様に寺も又、そのまま親の後を住職として引き継ぐと思ってらっしゃる方が多いと存じます。確かにお寺の子供が住職を引き継いでいることは確かに多いです。しかし、それはお寺の子供だからではなく修行道場へ所定の期間、修行へ行き、所謂その有資格者となることが大前提です。臨済宗の修行道場は京都だけでも臨済宗各本山、南禅寺、建仁寺、妙心寺、東福寺、大徳寺、天竜寺、相国寺に各々あり、地方にもあります。

その中から本人がお世話になる道場を選び一定期間缶詰状態になり様々な修行を致します。そこを経て初めて有資格者となり住職への道が開かれます。

修行道場では座禅、作務(畑仕事、掃除等)、お経の練習。

そして、先生に当たる老師と呼ばれる方の講義。

お陰様にて息子2人も何とか通過出来ました。

昔の修行僧はこの老師と呼ばれる方の功徳を求め、定住せずに、それこそ流れる雲、水のごとく師を求め歩いたそうです。ただ、今は一か所にての修行者が多いのが現実ですが。

そこで、禅語(行雲流水)こううんりゅうすい

先にお話し申し上げましたように修行道場にて修行中の者、僧侶を雲水(うんすい)と呼びます。この呼び名は雲、水の如く融通無碍にあちこちへ移動致し修行を続けている方という意味を持っています。

さて私たちはこの世に生きている間、人生の中で様々な問題や悩みを抱え、うずくまり、そして動けなくなり、辛い思いにさいなまれることがあります。

そんな時この禅語を思い出していただきたく思います。

水子供養へお越しの若い世代、お檀家さん皆さんに是非。

雲は様々、形を変えながら空を留まることなく悠々と漂い、そして水は岩場に引っ掛からずにすいすいと流れて行きます。

このように、周りのもの、言動に捉われずに自由に飄々とした自由な心持にて日々を過ごせるようになりたいものです。

雲や水の姿に自由な心を重ねて願う禅語です。

今、霊源院のある東福寺の通天橋はいよいよ紅葉が赤く染まり見頃を迎えています。お越し頂きました時には紅葉の上に広がる雲を見、通天橋を流れる川の流れを見てこの禅語を味わって見て下さい。合掌