お知らせ

【住職 徒然記】戴いた命。

2020.07.19

霊源院には流産、或いは様々な事情にて亡くなられた赤ちやんのお供養にお若い皆さんから年配の皆さん迄お越しいただき、多くのご縁を頂いております。

さて、人がお母さんの胎内に宿ってからこの世界へ出るまでには10か月以上かかります。

その期間、一つの細胞から無数の分裂が繰り返され、人体(人間)が形成されていくわけですが、それにはとても不思議な、そして興味深い方法がとられているそうです。

先ずは芋のような形の大雑把なものが出来るそうです。例えば手の場合、拳のようなものが出来、次にそこから不要な細胞が剥落(はくらく)して指になるのだそうです。このように人体は先ずはおおよそのものが作られ、徐々に細かく仕上げられていくそうです。

そうです、それはまるで仏像を彫っていくのと同じ過程ではありませんか。

仏像を彫る仏師は、木から仏(仏像)を作り出すのではなく、その木の中に本来からある仏(ほとけ)を掘り出すのだとお聞きいたしました。それに準じていえば、私たちの体(からだ)とは、本来的に存在する命がお母さんの胎内の中で形となり余分なものを取り除いて彫りだされたものと言えるのではないでしょうか。

つまり、私たちのこの体(からだ)とは新たに作り出されたものではなく、頂いたもの。

戴いた命なのです。

そう考えますと、お母さんの体から無事に出てこれなかった命、無事に出てこれた命も共に頂いた命ということではありませんか。

そして、霊源院のお墓へお参りにお越し下さる、お檀家さん、永代供養墓にてご縁を頂戴致している皆さんの大事な故人も頂いた命を全うされて永眠されているということになります。

御参りを致す私たちもそこを忘れず、この頂いた大事な命と向き合うことこそが、先祖供養であり、お供養なのではないでしょうか?

コロナで日々頂いた命が世界中で失われています。

 

辛いことですが、収束致し、平和な日常が戻ることを希求すると共に、頂いた命というところをお腹にしっかりと留め置きたいものです。合掌